2011年11月21日月曜日

「春慶塗からホルムアルデヒド?」

 うるしの材料の中には「それって使って大丈夫なの?」「害はないの?」と、同業者の間で話題になったり、時にはお客さんから指摘されるような材料がいくつかあります。

 それらについて、私の知りえたこと&思うことを時々書いていきたいと思います。

 今回のテーマは「春慶塗からホルムアルデヒド?」です。

「漆は、工業用に使われる化学塗料と異なりホルムアルデヒドなどのシックハウスの原因物質を含まない、人と環境に優しい天然の塗料である。」
  一見、もっともらしい、そしてよく耳にするようなフレーズです。

 しかし、これは完全に誤りです。漆職人たちのあいだで「うるし」と呼ばれるものを塗った「食器」や「カトラリー」や「アクセサリー」、それらの中にはしっかりホルムアルデヒドを放散しているものがたくさんあります。

今回は、そんなお話しです。

【ホルムアルデヒド – Wikipedia】

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9B%E3%83%AB%E3%83%A0%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%87%E3%83%92%E3%83%89


【ホルムアルデヒドの話】
http://www.org-chem.org/yuuki/formaldehyde/formaldehyde.html


 平成19年3月に東京都生活文化局消費生活部生活安全課が、いわゆる自然塗料(塗料分類の1つで、組成・成分に石油資源や合成顔料を含まない天然の循環する素材からの原材料のみでなる塗料)について、販売されている各社の商品を実際に塗装し、そのホルムアルデヒド放散量を測定した実験をまとめた報告書発表しました。



--------ちょっとだけ抜粋--------

「シックハウスに対する不安などから、あまに油、ひまわり油などの植物性油を主な原料に用いた、いわゆる自然塗料が注目されている。多くの自然塗料が、【原料が植物油なので安全】などとうたって販売されている。あまり知られていないが、自然塗料は乾燥中に植物性油中の成分が化学変化を起こし、もともとは含まれていないホルムアルデヒドが発生する場合がある。しかし、こうしたことについて消費者に必ずしも十分な情報が提供されないまま、自然イコール安全というイメージで商品が販売されている場合も見られる。そこで、自然塗料から発生するホルムアルデヒドについてテストを行い、調べた結果について、消費者へ情報提供することとした。」

--------------ここまで--------------





詳細は、下記リンクをご覧ください。
(注意:PDFです)
http://www.anzen.metro.tokyo.jp/tocho/s_test/pdf/shizentoryo/shizentoryo.pdf



この報告書の内容は大きく2つ、
「自然塗料は乾燥中に植物性油(乾性油)中の成分が化学変化を起こし、もともとは含まれていないホルムアルデヒドが発生する。」

「塗装実験の結果、多くの自然塗料で実際に発生するホルムアルデヒドの量は、表示されているホルムアルデヒドの放散等級よりも多く、消費者に自然イコール安全という誤ったメッセージを発している。」

というものです。


 さて、これがうるしの話にどう関係してくるのか?・・と、いいますと。

  実は・・・、入ってるんですよっ!

「うるし」と呼ばれるものの中にも、その植物性油、すなわち乾性油が入っている「うるし」というのがあるんです!

 もっとも代表的なのが春慶塗に使われる「春慶漆」です。

 春慶塗は、主に針葉樹の杢理表現を求めた漆塗装の1つで、染料で着色した木地に荏の油などの乾性油を20%程度添加して透明度を上げた漆で塗装します。

 春慶漆が固まる(硬化する)過程の中で、漆の硬化と乾性油の硬化は複雑に進んでいきます。
2液性の塗料のように「A液の漆とB液の乾性油が反応して固まる」というのではありません。
まず漆の硬化反応は2段階に分かれていて、第一段階として湿気雰囲気の中で空気中の酸素を取り込んで硬化していきます。この間、乾性油は自分もやんわり固まろうとしながらも、漆と溶け合っている溶媒のような働きをしています。
その後、漆の硬化が温度による第2段階の反応に入ったとき、漆の都合で、乾性油は乾性油の都合でそれぞれ硬化しながら、漆と乾性油の間でもまた反応が起きて固まっていきます。

 従って、乾性油が硬化するときにホルムアルデヒドが発生するならば、乾性油が混合されている「春慶漆」が硬化していく過程で、ホルムアルデヒドが発生しないはずはないのです。

 しかし、なにも乾性油が混合されている「うるし」は「春慶漆」だけではありません。

 昔から、「塗りあがりの光沢をあげるため」とか「塗膜の平滑性をあげるため」とか、「漆の茶褐色の色を薄くして塗膜の透明度をあげるため」とか、「単に相対的に漆の量を減らしてコストダウンするため」とか、種々の理由でたくさんの天然の樹脂や、乾性油を添加した「うるし」というものが作られてきました。


 うるしを大雑把に分類すると「生漆」「精製漆」の2種類になります。
生漆の水分を飛ばし、細かく撹拌すると精製漆ができます。

 さらに、精製漆をざっくり分けると、

①  透無油精製漆
②  黒無油精製漆
③  透有油精製漆
④  黒有油精製漆
⑤  梨子地漆

の5種類になります。(日本精漆工業協同組合の分類による)


 この③~④の漆には、種類や添加量は異なりますが、乾性油やロジンやガンボージなどの天然の樹脂が添加されており、「春慶漆」は③の透有油精製漆になります。

 地方によって呼び名は異なりますが、より詳細には下記のような名称の「うるし」には「乾性油が入っている→硬化の過程でホルムアルデヒドが発生する」と考えていただいて結構です。


③ 赤中漆、朱合漆、上溜漆、本金地漆、春慶漆など
④ 黒中漆、艶呂漆、上花漆、真塗漆、箔下漆など




--------独り言ゾーン--------

 ちなみに、当工房では漆は「生漆」と「①透無油精製漆」「②黒無油精製漆」のみを使っていますが・・・、私自身は、(今のところそういう報告を聞いたことはないが・・・)乾性油の入っていない漆自体はホルムアルデヒドが出ていないのか?と聞かれると、「出てるかもしんねぇなぁ~」と、思っていたりします。もちろん、万一出ていたとしても、乾性油に比べればごく微量だと想像できるのですが・・。どなたか設備や環境をお持ちの方、ぜひ実験してみてくださいm(_ _)m

------------おしまい------------



 さて、ここまで「自然塗料の原料である乾性油は硬化するときにホルムアルデヒドがでる」→「うるしのなかには乾性油が添加されているものがある」→「そういったうるしも硬化の過程でホルムアルデヒドがでる」という流れできましたが、それでただちに「乾性油の入ったうるしで塗られた漆器はホルムアルデヒドがバンバン出てて、危ないよ!」・・・という話にはなりません。


 だいいち、自然塗料は多少の誇張はあるものの、「原料が植物油なので安全安心!」が売りでした。もし、これが本当に危険なものだとしたら、乾性油だけで仕上げるオイルフィニッシュの木工芸品は全て危険だということになってしまいますが、実際はそうではありません。


私自身も、オイルフィニッシュの木の食器を愛用しています。




 乾性油や乾性油の入った漆を塗れば、ホルムアルデヒドは確かに発生します。しかし、ホルムアルデヒドは揮発性が高いのでやがては飛んでいくものなのです。


 先の東京都生活文化局消費生活部生活安全課の実験によれば、メーカーや品名は不明だが5種類の市販の自然塗料、および比較用の乾性油(亜麻仁油・荏油)はいずれも、塗布後3週間でホルムアルデヒドの放散がほぼ無くなっています(報告書P6、PDFでは8枚目のグラフ)。
 つまり、塗装後一定の期間(この場合、およそ3週間)養生しておけば、ホルムアルデヒドの脅威はなくなると考えていいのです。


 亜麻仁油・荏油はいずれも、よく漆と混和される代表的な乾性油であるため、これは乾性油の入った「うるし」の場合にも参考にしていいデータといえます。

 ただ、上記の実験では乾性油(亜麻仁油・荏油)の硬化を24hr以内にするために乾燥促進剤としてオクチル酸コバルトが微量に添加されているため、乾性油を添加した「うるし」の場合はもう少しグラフのカーブが緩やかになることが考えられ、さらに長い養生時間があった方がよいと思われます。(実験的なデータがないので推量です。)

  さて、先にも触れましたが、乾性油を添加した「うるし」の中の漆と乾性油は、あくまで別々に、漆は漆の都合で、乾性油は乾性油の都合で硬化していきます。

 漆は塗装後一晩も置いておけば、指触乾燥状態になり、一見硬化したように見えます。しかし、その状態は完全硬化に程遠く、昔から、職人さんたちの間で言われてきたのが「上塗りしてから100日間養生せよ!」という教えです。

 もちろん、硬化条件や養生の条件によって期間は前後しますが、この「100日養生」説は過去に行われた科学的な検証でも「漆の塗膜が実用強度を持つまでの期間」と一致しており、先人たちの知恵が科学的にも裏付けされています。いわゆる「昔の人は偉かった」パターンですね。

 「漆を塗った」→「完成!」ではなく、「漆を塗った」状態ではまだ「半製品」、そこから十二分な養生期間をめんどう見て、ようやく「完成」というのが「漆職人の仕事」というわけです。

 そうすると、乾性油を添加した「うるし」の場合でも、発生したホルムアルデヒドが飛び切るのに十分な期間を設けることができます。

 もし仮に、うるしを塗ったばかりの漆器をすぐに使ったらどうなるのかといいますと、硬化反応がきっちり済んでいないので、「さわるとカブレる」とか「塗膜が弱い(水を入れるとシミになる・お湯を入れると変色する)」とかいうことになり、それを防ぐために「100日養生」するわけですが、図らずもなのか?昔の人はそれも計算の内に入れていたのか?それはわかりませんが、とにかくホルムアルデヒド放散のための期間としても重要な100日間なのでした。


 さて、世の中で売られている種々の漆製品の中で、店頭でバンバンとホルムアルデヒドを放散している物なんて殆どないはずだと信じたいところですが、そんなものを作ってしまわないように、また買う立場でそんなものをつかまされないように、私が思うところを挙げてみます。



【作る側が気を付けること】


 塗装後「100日間養生」と言われても、それは理想論、納期に合わせればそんなことはできない。という状況もあるかもしません。

 ですが、ここではあくまでその理想論に従って考えてみます。

 1つには乾性油を添加した「うるし」を使用しない・・という考え方もあります。乾性油のせいでホルムアルデヒドが出るなら、それが入っていない漆を使おうという考え方です。実際に個人で普段使いの漆器を作られている作家さんの中には「生漆」と「①透無油精製漆(透素黒目)」「②黒無油精製漆(黒素黒目)」のみを使用しているという方もいらっしゃるでしょうし、私もそうです。(この場合、本来はホルムアルデヒドの話は関係なく「塗膜物性の面から漆単体で行きたい」という理由で、乾性油の入っている「うるし」をよけているわけですが・・・。)


 ただ、なにも乾性油を添加したそれらの「うるし」が「使ってはいけない悪いもの」というわけでも無いでしょうし、様々な意匠や作業の流れの必要性からできてきた数々の「うるし」が「ホルムアルデヒドが出るから」という理由だけで否定されるものではありません。


 と、いうか(杞憂であればよいのですが)、私自身は漆単体でもホルムアルデヒドが出る可能性を否定できずにいます(仮に出ていたとしても、問題にならないくらいの微量だと思いますが・・)。

 安全策として、乾性油が入っていようがいまいが、上塗り後の1か月程度は「ホルムアルデヒドが放散されている」と仮定して風通しの良い場所で養生することが望ましく、できればそれは100日間の期間を確保したいところです。もちろんホルムアルデヒドの件だけではなく、「うるしのカレキリ(漆の塗膜が実用強度を持つまでの十分な硬化)」を促すための種々の条件も満たしておきたいところです。

 
 つまり、触れるようになったからと言って、さっさと紙にくるんで箱詰めしてしまっては、意味がないのです。しっかりと、ホルムアルデヒドを飛ばし、硬化反応の面倒を見てやることが必要です。

 また、乾性油を添加した「うるし」の場合、漆だけのうるしと同じくやはり塗装後一晩も置いておけば、指触乾燥状態になり、一見硬化したように見えますが、乾性油の硬化反応は漆のそれよりも立ち上がりが遅いため、塗装後しばらくの間、一見硬化したように見える塗膜の中では「漆的にはある程度固まっているが、乾性油的にはまだまだ未硬化」という状態になっていることが考えられます。したがって、この場合はより一層、「触れるようになったからと言って、さっさと紙にくるんで箱詰め」はNGです。


 その状態で100日過ごしてみても、それでは養生したことにはならず、下手をすれば「そのうるし膜の中では乾性油が未だ未硬化で、ホルムアルデヒドも元気に内包中!」なんてことになりかねません。


塗りあがってもまだ「半製品」、しっかり養生してはじめて「完成品」

その100日間をどう過ごすか?が重要です。





【買う側が気をつけること】


 まず、どんな「うるし」で塗られているのか?

 塗ってからどれくらい(以上)たっているのか?

それらをお店で聞いてみるしかありません。

また、臭いを嗅いでみて、あまりにも「何かの臭い」がするときは注意が必要かもしれません。


 繰り返しになりますが、乾性油を添加してあるからといって、それらの「うるし」が塗られたものが、害のある物なのではありません。

 春慶塗などは、その意匠を出すために植物性乾性油の添加が技法として必要だったため、そういう形になっているわけです。そして、しっかりと塗りあがりの面倒を見てきた職人さんたちが作ったものには、これまで述べてきたような「おかしなこと」はないはずです。


 これもやはり、買うときに色々とお話を聞いてみるといいでしょう。



さて、最後に言い訳ですが・・・。
当工房でも【カエデ深皿(桐油)】という商品でのみ、乾性油である桐油を使用しております。




 当然、塗装後はホルムアルデヒドが発生しますので、製作後、約半年間は工房での養生期間を設けております。


 そのため、在庫がない場合はご注文を頂いても納期が1年以上かかる場合がありますが、これまで述べてきたように、

「塗った」→「できた」→「売った」→「お客様宅でホルムアルデヒド出まくり!」


という事態にならないよう、十二分な養生期間を確保するために必要な時間ですので、なにとぞご了承くださいますようお願い申し上げます。